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ありがとうディクシャ・ヒーリング

ありがとうディクシャ・ヒーリング

ゴールデンボールとバガヴァン・その1

2008年5月18日 (日)
ゴールデンボール、と、バガヴァン、とディクシャ、、♪

その1・・

ちょっと長いですが、読む価値はあると思います。♪
読後感想をよろしくお願いします~♪


Arjuna Ardagh 著 Awakening into Oneness 第二章 より
                                
                       
「お父さん、僕のハートの中に、金色の男の人がいて、僕に話し掛けてくるんだ
。」
 校長先生は机の上の書類から顔を上げて、11歳の息子、クリシュナを見つめ
て笑
いかけました。校長先生は丸くて優しい顔で、大きな頬をもち、目はいつでも微
笑ん
でいました。顔のほかの部分が休んでいるときでも、目だけは微笑んでいました

 「彼は君になんて言ったんだい、クリシュナ?」校長先生が聞きました。彼の
声は
温かく深く、君は安全だよ、世界のすべては平和でうまくいっている、と伝えて
いる
ようでした。
 「彼はいくつか違うことを言ったんだ、お父さん。」クリシュナはしばし沈黙
しま
した。彼はほかの誰にもこんな風には話せないと思いました。みんなぼくの事を
あざ
笑うか、気違いだというに違いない。しかし、彼の父親は違いました。彼が思い
出し
得る限り、ずっとそうでした。「ぼくは彼に変わった経験をちょうだい、と頼ん
だん
だ。すると彼はそれをくれたんだ。今朝ぼくはおなかがすいていたから彼にりん
ごを
くれと頼んだら、すぐにりんごの味がして、おなかがすいていたのがどっかにい

ちゃった。ときどき彼は僕にこれから何が起こるのかを教えてくれるんだけど、
それ
は本当にそうなるんだよ。」校長先生は沈黙し、じっと息子を見つめました。「

く、でたらめ言ってるんじゃないよ、お父さん。これは本当なんだ。彼はいつで
もそ
こにいるんだ。」
 「知っているよ、クリシュナ。」校長先生がゆっくりと言いました。「分かっ
てい
るよ。君が言った様子からみると、君はPrajapathiのビジョンをもっているみた
いだ
ね。ときどきそういうビジョンをもった人が現れるんだ。それは本当に特別なこ
とだ
よ、クリシュナ。非常にすばらしい恵みだ。君はそれが大好きになるにちがいな

ね。何が起こったかこれからちょくちょく教えてくれるかい?」

 クリシュナは単に父親という以上に、お父さんのことが大好きでした。彼の一
番の
親友でもありました。クリシュナは父親の言ったことに対してけっして疑問をも
つこ
とはなかったし、ほかの誰よりも父親を信頼していました。彼はPrajapathiなん
て聞
いたこともありませんでしたが、彼のお父さんが良いことだと言うのなら、それ
は良
いことでした。彼はそう分かっていました。☆学校のすべての子供たちは彼を「
校長
先生」と慕い、彼と彼の奥さん、Patmavatyが大好きでした。生徒たちは彼らと一

にいられる時はいつでも、彼らに向かって笑い声が鳴り響かせながら我先にと走

よって行くのでした。誰もジャッジされたと感じたことはありませんでした;み
んな
それぞれが、自分自身でいられたのです。

 クリシュナは両手を胸の上に重ねて置き、伝統的なナマステの挨拶を父親にし
てか
ら、外に駆けだしました。
 彼は学校の訪問者を迎える大きなサインボードの脇を駆け抜けました:A
foundation of World Awakening. 世界目覚めの財団。彼は鮮やかな赤い花をつけ

bottlebrush tree の脇を走りぬけました。芝生の真ん中の大きなブッダの像の脇

駆け抜け、学校の周りに建てられているたくさんのサインボードの脇を走りぬけ
まし
た:「あなたの考えはあなたの考えではありません。あなたのマインドはあなた
のマ
インドではありません。」一つはこう読めました。「人間は狂っている(Man is
mad)。覚醒(悟り)こそが人間の自然な状態である(Enlightenment is the
natural state)。」もう一つはこう書いてありました。クリシュナは走り続け、
赤い
タイルの屋根をもつ漆喰の建物のそばを駆け抜け、マンゴーの木の脇を走りぬけ
まし
た。今彼の心の中を占めているのは、ただ一つ:クリケットでした。
 「クリシュナ、どこ行ってたんだい?」甲高い声がしました。それはギリ、一
つ上
の学年でクリシュナの一番の友達の声でした。小柄でほっそりした男の子、ギリ
はい
つも情熱(enthusiasm)でキラキラ光り輝く目をしていました。ギリの母親は彼
が7
歳のときに亡くなっていて、彼を世話しているのは残された父親だけでした。そ
のた
め長期の休暇の間も、彼はしばしば学校に残ってクリシュナと彼の両親と一緒に
過ご
すのでした。2人の少年は、離すことのできない、兄弟のようになりました。「

ゲームが始まったばかりだよ!おいで、クリシュナ!早くこないと、試合に出ら
れな
くなっちゃうよ!」 友人の二人は駆け寄り、偉大なるレバノン人の詩人、Kahli
Gibran の言葉を刻んだもうひとつのサインボードの脇を駆け抜けました。「あな

の子供はあなたの子供ではありません。」 そして彼らは少なくとも50人の他
の少
年たちが集まっている、広場に向かって走っていきました。

・・・・・・・・・・・
 ジーヴァアシュラムは普通の学校ではありませんでした。教育の代替的な形を
提供
するために、校長先生が1984年に設立したのです。彼と彼の奥さんは近年の
教育
システムは子供たちを破壊していると見ていました。彼らは子供たちが、真の意
味で
開花することができ、自分自身が本当は誰なのかを発見することができる学校を
創り
たかったのです。初期の頃からもっとも重要な目的は、スピリチュアルな成熟で
した
:分離した自己、そして自己中心的な関心の感覚から子供たちを解放することで
す。
☆彼らは恐れのない、競争のない雰囲気を創ることを目指していました。
 彼らは何もないところから、ビジョンにすぎないところから始めました。彼ら

Andhra Pradesh という田舎、文明から遠く離れたところに土地を見つけ、リース

借りました。最初の年は、建物は一つだけ、一握りの生徒だけでした。最初彼ら

テーブルのある一つの教室に、つくりつけの二段ベッドを備え付けた離れの寮を
設計
しました。しかしながら資金が足りなかったため、二つの建物は一つにつなげな
けれ
ばならず、校長先生は「tablot(tableとcotの造語)」を発明しました。日中はテ
ーブ
ルで、夜には薄いコットンのマットレスを広げてベッドに早がわりするのです。
子供
たちはそれが大好きでした。
 1,2年後、学校は180人の男女の寄宿生を抱えるまでに大きくなりました。又

校は周囲の村に住む200人の貧しい地元の生徒たちを迎え入れ、かれらの殆ど
は毎
日無料で学校に来ていました。校長先生は学校内のすべてを監督していました:
 庭
は植樹され、キャンパス中に立て札が立てられ、最初一つだった建物は、宿舎に
、教
室に、食堂に会議室にとキャンパス内に広がっていきました。子供たちは従来の
学科
と同じように、ガーデニング、木工、音楽、物づくり(craft)に、卓越していまし
た。

 校長先生(director)は学校のスピリチュアルな方向性を管理しており、学術的
な分
野に関しては、子供時代からの友人で、後に他校の校長(principal)になり、そ
の方
面をより監督できる人物を招きました。校長先生はさまざまなスピリチュアルな
修養
法、哲学体系に基づいた瞑想のクラスを開きました。彼は子供たちに、自分独自
の考
えを持つよう促し、より深い哲学的な問いに関して、一つの問いを何日間か続け
て沈
思するよう奨励していました。彼はときどき彼自身が卒業した数学のクラス、ま
たは
歴史のクラスを教えました。彼は又headmasterを雇いました。headmasterは政府
当局
との間を調整し、他の専門家の先生を雇いました。
 学校はすべての政府基準を満たしていましたが、子供たちにはどんな種類の学
問的
なプレッシャーもかけられませんでした。彼らは順番をつけられたり成績をつけ
られ
たりすることはありませんでした。そして、学問的な成績が足りないために留年
する
子供は一人もいませんでした。主眼点はすべて子供たちの間の人間関係、両親と
間の
人間関係の質、そして内面の幸せと健康の状態に置かれていました。教師は、決
して
子供たちをしかったり、罰を与えたりしないように申し渡されていました。
headmasterは、子供たちを愛することができると同時に教えることができ、彼ら
自身
が内面の自由と喜びを体験している教師を探し出すために、遠くまで出かけてい
きま
した。実験は大きな成功を収めました:☆
 子供たちが卒業するまでに、彼らの学問的な成績はほかの学校の生徒たちより
もは
るかに優れていました。このときの子供たちの多くは、今日医者やエンジニアや
ビジ
ネスリーダーになっています。

 ギリが入学を許可されたとき、彼はたったの9つでした。毎年、17人の新しい
住み
込みの生徒が入学を許可されました。ギリの父親が初めて校長先生に会いに息子
を連
れて行ったとき、彼は息子に異なった期待を抱いていました。「私は息子にII

(Indian Institute of Technology)に行ってほしいんです。そこは国内で最高の
エン
ジニアリングとテクノロジーの学校だ。私は彼に成功したソフトウェアエンジニ
アに
なってほしいんです。あなたはそれができますか?」彼は校長先生に要求しまし
た。
校長先生は、例の穏やかな微笑んだまなざしで彼を見つめました。
 「ええ、もちろんそうできると思いますよ。きっとそうなるでしょう。ただし
まず
あなたに一つ質問しておきます:もしあなたの息子が違うことに情熱をもってい
たと
したらどうしますか?もし彼が牛の群れと働く方が好きだといったら?それとも
彼が
土をこねるのが好きで、陶芸家になりたいといったらどうしますか?それが彼を
幸せ
にすることだとしたら、どうしますか?あなたはそれに対する心の準備ができて
いま
すか?それでも息子さんを愛することができますか?それでも息子さんのビジョ
ンを
応援することができますか?」
 ギリの父親はしばらくの間黙っていました。彼はそんな質問を校長先生から受
ける
とは思っていなかったのです。彼は学校側はただ授業料がほしいだけだと思って
いま
した。とうとう彼はその条件を受け入れることに同意しました。「合格です。」
校長
先生はにっこりして、飾り模様のついた入学申込書にスタンプを押しました。
 すべての子供たちは、ジーヴァアシュラムが魔法の場所だったと回想します。
物質
的にはそれは極めて簡素で、そっけないコンクリートの建物でできていたにもか
かわ
らず。校長先生と彼の奥さんは、ちょっとしか家具のない、簡素な漆喰の建物に
住ん
でいました。車もありませんでした。Jyoti、ギリと同じ年に入学した若い女の子

思い出します:

 ほんとうに最初の頃から、そこにいることがとても心地よかったのです。物質

に、そこはとっても素敵な場所でした。私は沈黙がどういうものであるか、意識
した
ことはありませんでした。少なくとも、それが沈黙である、と定義することを知
りま
せんでした。間違いなく、そこには素晴らしい空間と畏敬の念の感覚がありまし
た。
素晴らしい空間の感覚は外側でしたーそれは大きなキャンパスでしたーしかし、
内側
も、私の内側も又そうでした。それは私を平安で満たしました。私たちは、校長
先生
と奥さんからそれはそれは大きな愛情と好意を感じていました。☆学校に来て3
,4
日のうちに、私は心に決めました。「私は彼らとずーっと一緒にいるわ。」校長
先生
の奥さんは、全体的な学校の運営を受け持っていました。そして女の子たちの世
話を
していました。彼女は私たちのお母さんのようであり、私たちの一番の友人でし
た。
彼女はあらゆる意味で私たちを育て上げ、私たちにすべてを可能にしてくれまし
た。
彼女の存在に制限はありませんでした。

 本当に初期の頃から、子供たちにとって神秘体験は当たり前のことでした。祈
りは
彼らにとって非常に強いものとなりました;彼らにはお願いするものが何であれ
、自
分のもとにやってくることが当たり前でした。1989年の夏、出来事は劇的に
深ま
りました。Mathew (名前は個人のプライヴァシーを守るために変えてあります)は

リスト教信仰の家出身の、とても真面目で勉強のよくできる子供でした。彼の願

は、いつでも試験でもっとよくできるように、でした。ある日、校長先生が彼を
部屋
に呼んで言いました。「クラスでいい成績をとりたい、という君の祈りはとって
も強
いようだね。」
「どうして君は恩寵が君のもとに降りてきて、悟りを得たいとは祈らないんだい
?」
 Mathew は校長先生が提案したように、そう祈ってみました。同じ日、その後で

食堂に入ってきた彼は賢人(sage)のようでした。彼の目は深く、すべてを見通
して
いるようでした;彼の体の動きは踊り手のようにゆっくりとして、落ち着いてい
まし
た。彼はほとんどしゃべることができませんでした。次の日、彼は校長先生に、
非常
に大きなゴールデンボールが彼の前に現れ、彼の中に降りてきた、と説明しまし
た。
ボールは彼に向かって、彼の分からない言葉で語ったのだそうです。
  2,3日後、まったく同じことがChandra、もっともいたずら好きな生徒の一

に起きました。彼はかえると遊ぶのが好きで、しばしば人々をからかっていまし
た。
春、南インドは非常に暑くなるのですが、ある午後の数学の時間、子供たちは眠
くな
りました。Chandraも又、突然ゴールデンボールが頭のてっぺんを通って降りてき
て、彼のハートに収まるのを感じました。彼はすぐに沈黙に浸り、恍惚とした平
安が
彼を完全に満たしました。授業が終わり、暑い午後の太陽の下に生徒たちが列を
なし
て出ていった時、Chandraは自分の席にとどまり、まだ歓喜に浸っていました。彼

再び動けるようになるまで、数時間かかり、ようやく彼が動けるようになったと
き、
彼は完全に転換(transformed)していました。その後すぐ、ほとんど同じことが

の二人の子供に起きました。

8月のある午後、校長先生は、クリシュナを呼びました。彼が時々人と会うの
に使
う、簡素な部屋でした。部屋はがらんとしていて、長い低いテーブルが部屋の中
央に
置いてありました。激しいモンスーンの雨が外で降っていました。「これから、
君の
金色の存在の経験を、ほかの人に移すことができるかどうか試してみよう。」彼
は息
子に言いました。クリシュナはどうやってそれをすればいいのか分かりませんで

た。しかし、校長先生は彼に何もする必要はない、と安心させました。それは全
てひ
とりでに起きるだろう、と。しばらく過ぎてから、彼はJyotiを呼んで迎え入れま

た。彼女はその時13歳でした。何年か経ち、彼女はその時何が起こったかを回
想し
ています:

 校長先生はただ、こう言いました。「これからクリシュナが君にあるものを渡
しま
す。それを受け取りなさい。」その他に何の説明もありませんでした。それから
彼は
私に目をつぶるように言いました。クリシュナは両手を私の頭の上にほんの数秒
間の
せました。そして手を離し、坐りました。私に見えたものは、私に入ってきた巨
大な
光だけでした。彼が両手を置いたとき、目覚め(awakening)、炎(fire)が起こ

ました。それは下の方から突き抜け、強力な熱が私の頭のてっぺんまで広がりま

た。そして、私の体の中のそれぞれのチャクラが
ゆっくりと花開き始めました。私はあらゆる種類の様々な神々たちが、私の体の
中に
居場所を定めるのを見ました。全ての行程は私には非常に長い時間だったように
感じ
ましたが、時計を見るとそれはたったの2,3分の間のことだったのです。目を
開け
たとき、私はぼーっとしていました。私は何が起こったのか理解することができ
ませ
んでした。私は寮へ戻りましたが、目を閉じると未だ、神々たちのビジョンが見
える
のでした。その現象は続いているようでした。彼が私に与えたものはまだそこに
、私
の体の中にあり、それは種のようでした。それはゆっくりとほどけていったので
す。

 1,2週間後、9月になり私は休暇で家に戻りました。私は本を読んでいて、横

なり目を閉じました。すばらしく甘美な心地よさが私の胸の中央に湧き上がり、
ハー
トを包みました。私には信じられませんでした。私は校長先生をハートの中に見
たの
です。それは彼でした; 彼が私の中にいるのです。2,3日後、私は彼の奥さん
も一
緒にそこに見ました。エネルギーは膨らみ続けていました。私はそれが、あの日
から
今までずっと続いているような気がします。そこは愛だけでいっぱいになりまし
た。
(愛がそこを占有してしまいました。)突然、私は詩人になりました; すべては

わったのです。私を占めていたのは、神の愛(Divine Love)でした。休暇の後、私

校長先生の部屋のドアを叩いていました。「校長先生!先生が自分のハートの中
に見
えたのよ。☆あなたは私に話し掛けたわ。」 校長先生が言ったことは、「とき

き、そういうことが起きるんだよ。」それだけでした。

 その年の秋、クリシュナはこの同じ「ディクシャ」をたくさんの子供たちに与
えま
した。彼らは列をつくってこう言いました。「ぼくに触って、触って~!」そし
てす
ぐに、並外れた体験が始まっていきました。そこは妖精の国(桃源郷)、魔法の場
所に
なりました。様々な宗教、民族の背景をもつ者たちがいました。キリスト教の子
供は
ディクシャの後にキリストを見て彼の愛を感じ、彼を個人的に知るようになりま

た。イスラム教の信者は教祖ムハンマド(マホメット)に会い、イスラム教の天
国に
一緒に行きました。ある子供たちはブッダやクリシュナ、ラーマ、もしくはヒン
ズー
教の神と会話をしました。多くの子供たちはただ素晴らしい、圧倒されるような

安、彼らを一日中照らす明るい光を経験しました。彼らは、彼らを導き彼らが知
る必
要のあることは何でも教えてくれる知性を見つけ出しました。校長先生はスピリ
チュ
アリティのクラスで子供たちに、それはアンタリアーミンと呼ばれるもの、ハー
トの
内側に住み、生きとし生けるものを偉大なる真実に導くものである、と説明して
くれ
ました。多くの子供たちは、自分が肉体の外側に出られることを発見しました。
彼ら
はただ横になったり、自分の家を訪れて、彼らの家族が何をしているのか見に行
った
りしました。後に、彼らの両親が学校に休暇のために子供たちを迎えに来たとき
、子
供たちはかけだしてきて、「お父さん、お母さん、僕3日前に見たんだよ。お母さ

は黄色いドレスを着ていて、お父さんはデリーの友達と電話で話していたよ。お
父さ
んは彼に、自分がやりたい仕事のことを話していたよね。」 両親は尋ねたもの

す、「どうして全部知ってるんだい?」 そして子供たちは答えるのです。「僕
、そ
こにいたんだよ。」 しばらくすると、それは極めて当たり前の光景となりまし
た、
ほかのどんな普通の話とも同じに。

 子供たちはまったく理由のない素晴らしい喜びの状態に入っていき、お互いに
、動
物たちに、植物に対するおびただしいほどの愛を発見するのでした。これらのう
ちど
れ一つとして、彼らに教えられたものはありませんでした;それは彼らの内側か

やってきたのです。ヒーリングは学校で当たり前の出来事になりました;子供た

は、どうやってお互いを癒すことができるのか見つけ出したのです。
ギリは回想します:

 子供たちは彼ら自身のあらゆる種類の病気を癒していました。誰もメガネなん
てか
けていませんでした。もしある子供がメガネをかけていたら、誰かが彼に触って
、彼
は癒されました。☆3年の間、私たちはキャンパスに医者を呼んだことはありま
せん
でした。本当にたくさんの素晴らしいことが起こっていました。私たちはよく他
の次
元に移動し、横たわって星に触ったものです。

 クリシュナとギリは夜明け前に起き、自転車に飛び乗り、キャンパスの外側に

る、大きな岩に向かってこぎだしました。そこで彼らはあおむけになり、星空の
下で
大の字になり、自分が他の次元に移動していることに気がつくのでした。彼らは
聖な
る存在としての校長先生と彼の奥さんのビジョンをよく見ました。時々、彼らは
黄金
色の姿で現れました; 時々、ほかの黄金色の存在たちに囲まれていたのです。ビ
ジョンが消え去ったとき、クリシュナとギリは目を開けて、お互いに何を見たか
ささ
やきあったものでした。いつでも二人は同じビジョンを見ていました。時がたつ
につ
れて、ほかのたくさんの子供たちも、校長先生と奥さんの同じようなビジョンを
見た
ので、彼らを新たな目でみるようになりました。彼らは校長先生を、Sri Bhagavan

それは簡単に訳すと、聖なる方という意味であり、彼の奥さんはSri Amma もしく

Divine Mother と、みなすようになりました。今日まで彼らはこれらの名前で呼
ばれ
ています。
 クリシュナはいつも、彼の父親は他の子供たちの父親とは違っていると思って
いま
した。そして今改めて、このビジョンによってそれが本当だと確信を深めました
。約
束を守り、彼はこれらすべてを父親に伝えました。
 「今や、僕たちはお父さんとお母さんをハートの中に見ていて、二人とも黄金
色に
見えるんだ。」 ある日クリシュナは父親に伝えました。「あなたは誰なんです
か?
お父さん。僕はあなたが他の男の人たちとは違うことを知ってるよ。」 バガヴ
ァン
は長い間、一言も口にせず、息子を見つめていました。父親が話しだしたとき、
クリ
シュナは既に彼が何を話そうとしているのか、自分のハートの中で感じていまし
た。
 「我々は二人ともアヴァターなんだ、クリシュナ。それは単純に、我々は人類
を助
けるために生まれた、という意味だ。我々は世界でする仕事がある(We have a
work in the world.)。地球上で、すべての人々のハートの中に今大きな変化が必

とされている。見ていなさい; おまえも、ギリも、ここにいる多くの人たちが、

こで大きな役割を担うことになるだろう。」

バガヴァンは、Natthamという、Tamil Naduの小さな村に、1949年3月に
生ま
れました。彼は生まれたときの状況を、こう描写しています:☆

私の母は、村出身のとても無邪気な女性でした。インドの伝統では、神が子供と
して
生まれることがある、と信じられています。彼女は13歳で結婚しました。彼女
はよ
く寺院に行き、そこでクリシュナ神にこのように言って祈りを捧げていました。
「あ
なたは私の元に子供として生まれてこなくてはいけないわ。」 彼女は赤ちゃん
のク
リシュナとして、神を自分の(おなかの)中に見ていました。クリシュナはよく
彼女
の中から彼女に話し掛けました。そして彼女は彼こそが彼女の元に生まれてくる
者で
あろうと感じていました。彼女が出産したとき、クリシュナの形は彼女の中から
消え
去りました。おそらくそれが私に影響を与えたのでしょう。私には分かりません
。し
かし、私が覚えている限りずっと前から、私は私の周りの人々が、私が経験して
いる
ことを経験していないことを感じていました。私はいつも疑問に思っていました

「どうやったらこれを彼らにあげることができるんだろう?」 それから私はそ
れは
実際に彼らに転写されなければならないことに気がつきました。だから、この運
動は
私が子供のときから始まったのです。

 バガヴァンの父親は、地方鉄道会社の会計課のチーフでした。彼は又ネーマン
の村
に小さな農場を持っていました。マドラスの州都からそれほど遠くないところで
す。
バガヴァンが6歳のとき、彼の家族はマドラスへ越してきました。

バガヴァンの父親は無神論者であり、意味のなさないことを許さない(no-nonsense)
人でした。私はほとんどの時間を一人で過ごしました。彼はよく私にこう聞きま

た。「君は人生で何をしようと考えているんだい?」 私は答えました。「僕は
世界
を変換(transform)させるんだ。」 それから彼はこう聞くのでした。「いった

君は自分が誰だとおもっているんだい?」 そして私はこう答えるのです。「僕
は神
だ。」 それは本当に彼に恐怖を植えつけたようです。家族が集まって私を精神
科に
連れていくべきか悩んだそうですーおそらく私がメシア(救世主)コンプレック
スで
苦しんでいるに違いないと。しかし、彼らはバガヴァンがほかのことに関しては
極め
て普通であると分かりました。私は勉強がよくできました。私は自分のやるべき
こと
をよくこなし、他人に迷惑をかけたりしませんでした。父親は、長い、長い、長

間、これに関して我慢してきました。彼はよく私にこう聞きました。「おまえは
何を
やっていきたいんだね」 そして同じ答えがいつでも返ってきたのです。
 私はしばしば自分は神である、といいます。これは注意深く理解されなければ
なり
ません。私にとって、すべての生命は、ひとつです。そこには一つのいのちしか
ない
のです。それはあなたの中を流れ、私の中を流れ、ライオンの中を、象の中を、
トラ
の中を、☆アリの中を、太陽と月と世界の中を流れています。同じひとつの生命
が、
これらすべての形を通して自身を表現し、その生命こそが、私たちが神と呼んで
いる
ものなのです。だから、私は神であり、あなたは神であり、アリは神であり、象
は神
であり、牢屋の中にいる人は神であり、かたわの人は神であり、聖人は神であり
、賢
者は神であるのです。これらは神の異なった現れです。神はこのすべてになりま
す。
彼は創造以外の何者でもありません。それは巣をつくるために糸を自分の体から
吐き
出す、クモのようです。神こそが、このすべてになるのです。
 神の体験は現実の体験であり、すべての人々にとって可能な領域にあります(The
experience of God is a real experience, within the realm of possibility for
all people.)。それはフィクションではありません;それは哲学的な推測ではあ
りま
せん。これは、あなたの日々の生活の体験になり得るものです。それは、ディク
シャ
が最終的にあなたを連れていく場所です。そしてあなたははっきりと言えるでし

う、「私は神だ」と。だから私は「私は神である」という態度をとるのです。そ
れは
私が子供のときからの感じ方です。

 子供のとき、バガヴァンは彼が世界を体験しているように、ほかの人々は世界
を体
験していない、と認識しました。これを理解する前は、彼は自分自身をアヴァタ
ーだ
とは思っていませんでした。彼は単純に彼の体験はノーマルだと思っていたので
す。

 私は人々のふるまい方を見ていました。そしてどうしてそんな風にふるまうの
か、
不思議でした。私は生まれたときから、ほかの人々が経験しているものを経験す
るこ
とができました。私は、彼らの現実は私のものとはかなり違うことに気がつきま

た。私が世界を感じるとき、私は音を聞きますが、それを翻訳していないことに
気が
つきました。私が何かを見るとき、こちらも何の翻訳もついてきません。聞いて
いる
人は存在せず、見ている人は存在しません。そこには誰もいません; そこには

だ、見る、聞く、考える体験があるだけです。私が自分に、ほかの人々が体験し
てい
るものを体験することを許したとき、彼らは、誰かがそこにいてこれらのことを
やっ
ている感覚がある、ということに気がつきました。私にはそういう風に感じられ
たこ
とは一度もありませんでした。私は彼らがどのように世界と関わっているのかを
知る
ために、他の人々を体験しなければなりませんでした。私は「enlightenment,目

め、覚醒、悟り」のプロセスを通ったことがありません。なぜなら、それは最初
から
いつもそこにあったからです。

☆だから私はここで何かがなされなければならないと思いました。私が(何かを
)体
験しているとき、私は喜びを得ていました。私は他の人々が喜びを全く得ていな
いこ
とを発見しました。そこに誰かがいるという概念が去らなければならないと認識
しま
した。(I realized that the idea of somebody being there has to go.)。すべ

はそのようにして始まったのです。

 
この項、続く



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